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雪だるまのイラスト



Circle≪ゆ〜ぽぴあ≫・遊歩記


          第204回遊歩

〜新年遊歩2014〜

 初詣をして好展望の箱根
外輪山を歩き温泉で良い湯だな!!







  遊歩日:   2014年1月12日(第2日曜日) 日帰り
  遊歩先:    道了尊西条寺・明神岳(1169m)
  温 泉:    「宮城野勘太郎の湯」
  天 候:    晴
  Member:    4名
 
《行 程》

●新宿{07:00発はこね1号 箱根湯元行}⇒○小田原=箱根大雄山線大雄山行)⇒■大雄山(関本)=バス⇒道了尊・最乗寺(10:15)⇒見晴小屋⇒分岐⇒明神岳(13:50)⇒途中登山道(14:10〜14:30・昼食休憩)⇒明星ケ岳&宮城野分岐点15:00)⇒宮城野車道(16:10)⇒「宮城野勘太郎の湯」=バス⇒宮ノ下⇒箱根湯元(18:48)⇒新宿


 ≪遊歩記≫

 2014年新年遊歩の当初の計画では、1月19日金時山であったが、私達の都合により、1月12日箱根外輪山明神岳〜明星岳に変更したのだった。その為か参加者も私達2人と北区S,Mさん、T,Tさんと4名である。小田急線新宿駅で、特急はこね1号(ロマンスカー)に乗り、まだお正月気分で、早くも北区のS,Mさんと共に缶ビールを飲みながら談笑し、久しぶりの小田急ロマンスカーの乗り心地を楽しんでいたら、早いもので小田原駅へ到着した。ここで乗り換えて、今度は箱根大雄山線大雄山行へ乗り、終点大雄山関本へ向かった。車内は早いせいかそんなに込んでおらず箱根山の麓をローカル電車宜しくゴトゴトと走って行く。そんな電車もやがて大雄山駅に到着し、ここからバスで、道了尊最乗寺へ向かう。バスは途中までは一定のスピードで走っていたのだが、最乗寺に近づくにつれまだ正月なので、初詣の参拝者の運転する車が、多くなり、そのため、車道は大渋滞となり、バスは全く動かず停車したままだ。

 この状態では果たして、計画通り明神岳⇒明星岳⇒阿弥陀寺⇒箱根湯元駅へと縦走できるか甚だ疑問である。この状態を察したバスの運転手が「どうぞ、お急ぎの方はバスから降りて歩いてください。」と言ったので、「ホイキタサッサ」とここぞとばかり私達4名はザックを背負いバスから下車し、杉の巨木が立ち並ぶ道を一路、最乗寺へ向かった。

 それではこの最乗寺について少し述べてみよう。

 最乗寺

 最乗寺(さいじょうじ)は、神奈川県南足柄市にある曹洞宗の寺院。山号は大雄山(だいゆうざん)。

 歴史

 応永8年(1401年)峨山五哲である通幻寂霊門下の了庵慧明によって開山され、東国における通幻派の拠点となる。通幻門下は各地で公共事業を行い民心をつかむが、最乗寺にもこの地で土木工事を行ったという了庵法嗣の妙覚道了(道了尊)が祀られている。
余語翠巖、新井石禅、石附周行らが住職を歴任
修行道場として僧堂を設置している。

 札所

 関東三十六不動霊場 第2番

 アクセス

 伊豆箱根鉄道大雄山線大雄山駅からバスで10分。さらに徒歩5分。

 名所

 御真殿の高下駄 天狗の高下駄。高下駄が左右一対そろって役割をなすことから夫婦和合の信仰が生まれた。

 最乗寺の神輿

 2010年10月31日首都圏御開帳に合わせ、本尊を載せたみこしが80年振りに復活し、最初に小田原駅から国道一号線のういろうまで渡御された。

 両側に杉の巨木が、立ち並ぶ急な階段を登ると見事なる山門が現れた。その山門を後にして、更に急階段を登りつめ要約本堂へ到着した。ここでお賽銭百円を奮発し、健康成就を祈願する。そして更に奥へ進みまた、階段を登ると立派な梵鐘が安置されており、この梵鐘はお賽銭を投じれば誰でも梵鐘を突くことが出来、私達も早速その梵鐘を突くこととした。ゴーーンと荘厳なる鐘の音が鳴り響き今までの汚れた一切の行い、雑念が、祓い清められたようで、実に清々しい気持となった。

 そんな梵鐘を突き少し境内を進むと名所である大きな御真殿の高下駄が現れた。以前来たときには、この御真殿の高下駄の脇から明神岳への登山道になっていたので、ここで山支度をし、今回は終始登山中、北区S,MさんのSupportをするため、私のザックにSupportropeを装着し、「イザ行かん明神岳へ」と気合いをバッシット入れ進もうとするのだが、和美がいくら探してもその登山道が見当たらないと言うことで、仕方なく一端、境内を最初の時点まで戻ることとした。そして最乗寺の関係者に明神岳への登山道を和美が聞いてきて、やっと登山道が分かり、ロスタイムが約、30分逢ったが、これから明神岳へ出発することとした。

 しかしながら、以前この最乗寺から明神岳→明星岳と縦走したときの印象と違っており、戸惑ってしまう。あの時は六つ星山の会の会員であったG,Hさんの子供達2人と8人ぐらいで、このコースを歩いたのだが、今思うとあの子供達も良くロングコースを歩いたものだと感心してしまう。そんな子供達も今は立派に成人して、その一人はモウ、結婚して子供までいると言うが、改めて時の流れの早いことを感じさせられる。路傍に明神岳の標識を確認してから登山道に入り、やっと本格的に登山開始となる。それにしても大きな石がゴロゴロとしていたり、木の根っこが出ていて、お負けに急登と来ているから実に歩きにくい登山道だ。そんな登山道を北区S,MさんのSupportをしながら登って行く。

 やがてそんな急登も終わり、比較的歩きやすい登山道となった。日和は正月にしては温かくまるで陽だまりハイクだ。そして第1回目の目的地神岳見晴小屋に着く。ここで小休止を取り一息ついてから、また、登山開始となり、4人快適に歩を進める。北区のS,Mさんも大分トレーニングをしてきたようで、私の後ろから遅れずについて来る。これなら明神、明星の縦走も大丈夫だろうと和美に話すと「だめだめ、ここでこんなに時間がかかっているのだから、途中の分岐で宮城野へ降りるしか無いよ。」と冷たく言うでは無いか。どうも否定されてしまい面白くないが、山の知識は私より数段上なので、黙ってしまった。

 登山道は尾根道となり、そんなに勾配も無く快適に歩を進めることが出来た。木々はすっかり葉が落ち枝だけとなり、その枝の間から陽が木漏れ陽となって柔らかく照り輝いている。まるで一服の墨絵を見ているようで、実に心が和む風景だ。そんな雰囲気に浸っていたら、何と徐々に積雪が多くなり、やがて茶色い土道が全く白となり、一面銀世界に変化してきた。私は箱根外輪山では雪は積もっていてもほんの少しだろうと高をくくっていたのだが、差にあらずで、結構な積雪である。そんな積雪に足を取られ歩きにくいのか、徐々に北区S,Mさんの足取りも乱れペースが極端に遅くなってきた。そんな遅くなってきた北区のS,Mさんを引っ張り上げ、足を踏ん張りダブルスとっくにバッシと力を入れ一歩一歩、一歩登って行く。

 そんな北区のS,Mさんとの登山コミックをしながら、久しぶりの雪山気分を満喫していたらやがて神明水と直接明神岳へ登る分岐点に到着した。和美は迷うこと無く直接明神岳へ登る登山道に足を進め歩いて行く。ここら辺りから勾配はきつくなり、お負けに積雪も増してきた。それに伴い北区のS,Mさんの足取りが遅くなり「少しゆっくり歩いてください。」と声がかかるが、その言葉を無視して、引っ張り上げ前へ前へと歩を進める。幾度となく北区のS,Mさんは、雪に足を取られ実に歩きにくそうであるが、それでも私がお構いなしに歩いて行くものだから、懸命に後ろから着いてくる。まるで二人のサバイバルゲームのようだ。

 そんな悪戦苦闘の後、和美が「明神岳山頂に着いたわよ。」と声がかかる。そんな山頂は広々としたカヤトの台地となっており、空を見上げれば何と何と、あの富士山がドーント真っ白な綿帽子をかぶりドデカク見えるではないか。「ヤッターゾー」と思わず声が出る。そんな山頂には7、8人のハイカーがそれぞれ昼食Thymeを採り、富士の絶景に見とれている。しかしながら山頂は吹く風が強く冷たいので、温かければ富士の絶景を見ながら昼食Thymeを採るのであるが、早々に山頂から退却し、一路明星岳方面に向かい歩を進める。

 そして少し歩いた後、クマザサが繁茂する登山道の一角で、立ちながらの昼食Thymeとなった。そんな立ちながらでも私はブッチュと言う缶ビールのプルトップを抜くことは忘れていないのだから、全く大した根性だと自画自賛する。 (^^;)
そしてカップラーメンを急いで口に入れ、あっという間に昼食Thymeを終了し、再び歩き出す。この時点では全く明星岳への縦走は無理で途中の分岐点で、宮城野へ降りることとした。登山道は結構な下りとなり、私はそんな下って行く登山道をダブルストックを巧みに操り北区のS,MさんをSupportして歩いて行く。北区のS,Mさんは、その歩く速さと下り道にかなり閉口しているようで「オッカネイ、もう少しゆっくりと行ってマセマセ」と声がかかるのであるが、彼のPaceで歩いていたらこの寒さ、1月の日没の時間を考慮しても速く歩かないと山で陽が暮れたらそれこそoutで、大変な事になるので、非常であるが、彼にかまわず歩を進め行く。

 やがてやや緩やかな下りとなり、やっと宮城野と明星岳への分岐点に到達した。ここで小休止を済ませ急下降となっている宮城野目指し、歩を進める。このまた下りが実に急で大きな石や根っこが張り出し実に歩きにくいことこの上ない登山道だ。そんな悪登山道を今は懸命に北区のS,Mさんもしっかりと私の後からよろけながらも着いてきている。何度となく転倒して、悪登山道との戦いもやがて終わりとなり、薄暗いような登山道を抜けやっと宮城野の車道へ飛び出た。時に4時10分、日没にはまだ50分を残しての余裕を見せての下山である。

 そして宮城野の日帰り温泉「勘太郎の湯」で、大枚、1000円を支払いゆっくりと温泉に入り、生ビールも飲んで山行の疲れを癒したのである。そして勘太郎の湯を後にして、バスに乗車したが、そのバスはまだ正月なので、観光客の運転するマイカーのため道が混んで渋滞となっていたので、途中機転を利かせ箱根登山電車「宮ノ下駅」から箱根湯元に向かい、6時40分発のロマンスカーに乗り新宿へ向かったのだった。・・・!!!


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〜〜≪オシマイ≫〜〜