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忘年遊歩2014(嵐山谿谷&重忠の湯)のPhotographはこちらからどうぞ

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   Circle≪ゆ〜ぽぴあ≫・遊歩記

    

     第216回遊歩

〜忘年遊歩2014〜初冬の渓谷を歩き
    温泉に入り忘年宴会だ・・・!!!









  遊歩日:   2014年11月30日(第5日曜日) 日帰り
  遊歩先:    嵐山谿谷散策
  温 泉:    嵐山谿谷温泉「重忠の湯」 平成楼
  天 候:    晴 
  参加者:    総参加者  17名  Normer 8名    Blinder  9名

 《行 程》

 ●池袋{08:30発東武東上線快速急行 小川町(埼玉県)行}⇒■武蔵嵐山駅西口(09:25着・09:35発)=重忠の湯送迎バス10分⇒「重忠の湯・平成楼」(9:50着)=これより嵐山谿谷遊歩約、1時間30分位⇒「重忠の湯・平成楼」(11:30着){温泉入浴約2時間・ 忘年宴会約、2時間}「重忠の湯・平成楼」(16:00発)=送迎バス⇒武蔵嵐山⇒池袋駅 解散

 ≪遊歩記≫

 2014年の忘年遊歩は、紅葉の嵐山谿谷を散策し、嵐山温泉平成楼にある「重忠の湯」で、湯ったりと温泉に入り、一浴後、盛大に忘年会を実施するというお楽しみ満載の忘年遊歩だ。・・・!!!   (^o^)

 参加者17名が、武蔵嵐山駅からの重忠の湯「平成楼」の送迎バスに乗車し、約、10分で重忠の湯「平成楼」へ到着した。ここでRooNav担当である私が、今日の日程等を説明し、参加者の声出しをする。今回の参加者の中には、私がまだ10代の紅顔可憐なる頃だった(ギクッ)、学友T,Aさんとその奥様に今年1月に開催された都盲協の新年懇親会の席上で、奇遇にも隣席し、再会することとなり、そして回顧話に花が咲き多いに旧交を温めた。そんなご縁からこの忘年遊歩にお誘いし、今日こうして参加しているのだった。また、もう一方のO,KさんとU,Tさんのお二人は、曾て六つ星山の会の会員でも有り、また、私が鍼灸の研究会で共に学術を習得していた頃の旧友で、このお二人には、今年10月頃であったか、ある研修会でこちらも奇遇にも同席して、回顧話に花が咲き以来、交流が復活し、この忘年遊歩にお誘いしたと言う、そんな関係のお二人が参加しているのであった。

 そんな我ら17名は、晩秋の温かい陽射しが射す車道を4班編制で、紅葉の嵐山谿谷を目指し歩いて行く。途中、この嵐山谿谷へ向かう観光客が、結構、ゾロゾロと歩いており、改めて里山の紅葉のスポットとして、人気があるのに驚いてしまった。そして車道を30分も歩いただろうか。やがて潺の音がする清流、槻川の嵐山渓谷へ到着した。ここら辺りは多くの観光客が嵐山谿谷の清流に映る紅葉に盛んにデジカメやカメラのシャッターを押して撮影に余念が無い。

 それではこの「嵐山谿谷」について、その概要を少し述べてみよう。

 「嵐山渓谷の概要」

 この嵐山谿谷は、冠水橋近辺が紅葉の見どころです。埼玉県を代表する景勝地のひとつ、「嵐山渓谷」は、岩畳と槻川の清流・周囲の木々が織り成すみごとな景観と自然環境を持った、名所です。槻川は、外秩父山地の堂平山に端を発し、東秩父の山間を抜け、小川町を経て嵐山町の遠山地区に流れ込みます。ここで岩場によって流路を狭められ、都幾川と合流する二瀬の手前までがみごとな渓流となっています。特に大平山から伸びた細原と呼ばれるところでは、流路が大きく180度転じて半島状の独特な地形をつくりだしています。

 「嵐山渓谷の歴史」

 嵐山渓谷はその地形的な特徴から、秩父の長瀞岩畳に例えて“新長瀞”と呼ばれていたこともあるようですが、昭和3年(1928)秋、日本で初めての林学博士・本多静六博士が当地を訪れ、渓谷の最下流部にある槻川橋より渓谷と周辺の紅葉や赤松林の美しい景観を眺め、京都の嵐山の風景によく似ているとのことで、“武蔵国の嵐山(むさしのくにのあらしやま)”と命名されたということです。それが大変評判になり、多数の観光客が訪れます。このころ渓谷周辺には料理旅館の「松月楼」がオープンし、埼玉を代表する景勝地をひとめ見ようと、多くの人々が訪れるようになりました。東武東上線の菅谷駅も昭和10年(1935)には「武蔵嵐山駅」に改名され、駅から観光客の長い列ができたほどです。

 そんななか、昭和14年(1939)6月に当地をひとりの女性歌人が訪れます。現代短歌の道を開いた代表歌人「与謝野晶子」です。彼女は娘の藤子さんと共に訪れ、渓谷の自然などをテーマに「比企の渓」29首を歌いあげました。


与謝野晶子歌碑 

「比企の渓 槻の川 赤柄の傘を さす松の 立ち並びたる 山の しののめ」

(しののめ=夜明けの薄明かり)

 大変賑わった「武蔵嵐山」でしたが、戦後は松月楼も本格的に営業されず、経営者が変わって「一平荘」と改名され神楽坂の割烹の嵐山町支店として営業しましたが、ついに閉店してしまいます。しかし、時代と共に景勝地を訪れる人々はまた増えてきました。その一帯は、さいたま緑のトラスト基金と嵐山町で買収し、緑のトラスト保全第3号地として整備、管理をしています。休日ともなれば、槻川橋下の「嵐山渓谷バーベキュー場」にはたくさんの人が訪れます。駐車場にひしめく車の姿は、かつて菅谷駅から続いていた人々の行列を連想させます。

 清流槻川を覗いてみると小魚が群れを成し、とても楽しそうに泳いでいます。きっと「ギョギョッギョ、今日はヤケニ、人が多いね。全くうるさくて寝てラレヘンヤナイケ。ギョギョッギョ・・・!!!」と話をしているのかも知れませんね。

 狭い岩場を歩きview Spotで、嵐山渓谷の全景とも言える山々の紅葉、清流槻川とのContrastの眺望に暫し見とれる。そして冠水橋を渡り対岸に行き山の斜面をザックザックと落ち葉を踏みながら、一列縦隊で進み広い林道に出る。ふと振り向くと青空に艶やかな紅葉の木々が枝を伸ばし、まるで一幅の山水画を見るようでとても絶景なる趣だ。やがて与謝野晶子の歌詞が立つ場所に来て、その歌詞を浜のK,Kさんが読み上げてくれた。でも槻川の読み方が分からずツキガワと言っていたっけ。

 その与謝野晶子の歌詞の所から、戻り大きな東屋が立つ所で休息Thymeを採る。ここで浜のK,Kさん、S,Yさんのそれぞれ持参した銘酒が皆さんに配られる。「紅葉を愛で銘酒を一献傾ける、これぞ当に言うこと無し。」と銘酒を飲み饒舌となったS,Mさんのしみじみとした感想が述べられた。しかしながら、後の予定もあるため休息Thymeも適当に切り上げ我らyuupolerご一行、一路、平成楼へと歩を進めた。

 そして平成楼に着き先ずは温泉とばかり、トゴール浴、@備長炭・トルマリン鉱石サウナ&水風呂、薬湯、@露天風呂等々の様々なる浴槽に入り、温泉三昧のひと時を過ごしてから、イヨイヨお待ちかねのCircle《ゆ〜ぽぴあ》2014年の「忘年会」が、2014年も完全遊歩参加となったおなじみの北区S,Mさんの乾杯の儀によって開会されたのだ。  (^o^)
見ると初参加の方々も実に楽しそうに生ビールのジョッキを傾け、各種料理に箸を付けている。少し歩いて温泉に入り、こうして生ビールを飲みながら、お料理を食べるこの様こそまさに至福のひと時だ。・・・!!!  \(^O^)/

 やがて宴も酣となり、頃は吉と浜のK,Kさんから「2014年(平成26年)」の遊歩が1月から随時12月迄読み上げられた。その都度各月々の遊歩の想い出が、脳裏に去来し、また、感激も一入であった。それからUnder Table technicで皆さんにお配りした銘酒「住吉」「浦霞」もすっかり空となり、「ハイ、丁度時間となりました。」とばかり、《ゆ〜ぽぴあ》の世話人である私が三本締めの手締めの儀により忘年宴会もお開きとなったのであった。・・・!!!  (^_^)

 「ポポポン、ポポポン、ポポポンポン」
 「ポポポン、ポポポン、ポポポンポン」
 「ポポポン、ポポポン、ポポポンポン」

 こうして2014年の「忘年遊歩」も初参加者を得て、大盛会にてめでたく開催することが出来た。また、2015年もお互いyuupoler、健康で、末永く遊歩を実施したい者と願うばかりだ。・・・  (^o^)



≪遊歩先の紹介≫


 嵐山谿谷温泉「重忠の湯・平成楼」

 @露天風呂
 外の空気を吸いながら、ゆったりとおくつろぎ下さい。

●トゴール浴(医薬部外品厚生省認可済)
 山岳地帯で特別に採取された原石に湯を通し、溶解装置に
 よりできる準天然温泉です。天然温泉に匹敵する泉質と効
 能を持っています。

●薬湯
 健康促進や美容に大変効果のあるお風呂です。ゆっくりつ
 かれば効果バツグンです。

○白湯 イベント風呂など各種お湯が楽しめます。

◎@備長炭・トルマリン鉱石サウナ&水風呂
ゆっくり、じっくり汗を流し、その後水風呂で気分スッキリ。疲労
も回復、ストレスも吹き飛びます。

◎@ハイパワーバス  ジェットのあわで肩のこり、腰の疲れ、足・関節の疲れを取る。