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[1] 腰痛症

 腰痛は先ず第1に人間が日本の足で直立するようになってから発症したとも言われすなわち人とは、大変高い重力を持つ不安定な生物であって、腰部には大きな負荷がかかる構造になっているからである。そして第2には姿勢も含めた生活洋式の大きな変化という問題もある。誤った姿勢、運動不足、筋力低下などの因子が腰痛患者を増やしていると考えられる。
 ここではそんな7症状の腰痛症を説明しよう。


>A) 椎間板ヘルニア<BR>



 椎間板は脊柱の椎体間にあって、中心部のゼラチン用物質からなる。髄核と、周辺部の強靱で弾性に富む線維輪からなっている。髄核は多量の水分を含み、椎間板全体としてショックアブソーバーの役割を果たしている。椎間板が変成し線維輪に力学的な弱点を生ずるようになると、髄核は後方へ移動し膨隆して、線維輪の浅層や後縦靱帯を圧迫・刺激し、強い腰痛や反射性の腰筋の緊張を起こすようになる。この後縦靱帯や線維輪の浅層には、脊椎神経が分布している。これが浅在性ヘルニヤと呼ばれる病体であって、線維輪は亀裂程度のため、髄核の脱出はない。もし髄核が後側方へ脱出し、神経根を圧迫するようになると、腰痛よりも下肢症状坐骨神経痛を強く表すようになり、これが典型例のヘルニヤ症状である。

 発症年齢は20〜40才代が多い。大半は誘引無く徐々に発症するが、重量物の挙上などを契機として、急性に発症する場合もある。発症する行為は、運動量の多い腰椎4〜腰椎5間・腰椎5〜仙椎1間に多く、運動量の少ない上位部に発症することはまれである。
 急性発症は、ギックリ腰の原因の一症状となり、寝返りを出来ないような激しい腰痛を表すこともある。急性発症から移行したもの、及び徐々に発症し慢性になったものでは、緩解・再発を繰り返し、過労やわずかな不用意な体動で腰痛を表すようになる。
 疼痛部位は、第4・第5腰椎を中心とする下位腰椎部で、急性発症の場合は腰筋は強く緊張して腰部は板状となり、疼痛性の側弯、腰椎前弯の消失、前・後屈の疼痛性制限などが見られる。罹患椎の棘突起の圧痛・叩打痛があり、棘突起より一、二横指外側部に圧痛点が出現する。
 なお、浅在性ヘルニヤを鍼灸臨床上で鑑別することは困難である。典型例で根症状を伴うものは鑑別が可能であるが腰痛を主症状とする本症の場合は特徴的なものがない。


(B) 椎間関節性腰痛


 椎間関節のしょうがいに由来する腰痛を椎間関節性腰痛と称する。椎間関節は脊椎の後方に位置する左右一対の小関節であり、前方の椎間板と共に椎骨間の支持、連結を行っている。この関節は上下2椎の関節突起によって形成され滑膜を有する完全な関節である。
 椎間関節は、椎間板変成の影響を受けて関節調整変化を起こし、また、脊髄神経後枝から豊富な神経支配も合間って、腰痛を起こしやすい部分である。本症が急性発症する場合は、関節包の断裂や関節内の嵌頓を起こし、ギックリ腰の代表的疾患となる。慢性に発症した場合は、膝関節などにおける加齢的変成の同様で、軟骨表層の消失や辺縁での増殖性変化を起こしており、椎間関節症の病体である。発症する部位は、ほとんどが運動量の多い腰椎4、腰椎5、腰椎5仙椎1間であり、上位腰椎部の発症は少ない。
 発症年齢は急性発症では30代が最も多く、慢性の発症のものは中高年に多い。急性、慢性共疼痛域と圧痛部位に特徴がある。
 下位腰椎部にある。時に上殿部にも関連痛が現れる。圧痛の部位としては、椎間関節部(棘突起間の高さ、正中より約2cm)に圧痛が検出される。圧痛の検索は関節が深部にあるため強い押圧が必要となり、同部に限局された圧痛である。急性発症の場合は不用意な重量物の挙上や体幹の捻転などで発症することが多く、腰筋は強く緊張して、腰椎前弯の消失や、健側突側弯を見ることもある。脊柱の運動性は、前、後屈とも制限されるが、特に捻転と後屈が困難とされている。
 なお、下位腰椎部に疼痛域や圧痛が検出されても、軽い圧迫で痛みを訴えたり、圧痛部位に広がり(椎間関節以外の部にも)のある場合は、筋、筋膜性腰痛の可能性を考慮する。


(B) 筋・筋膜性腰痛


  筋・筋膜、同部を貫通する皮神経の変化に由来する腰痛を、筋・筋膜腰痛と称する。本症は、皮神経の分布が密な脊柱起立筋外縁部の第3腰椎肋骨突起の高さに好発する。脊柱起立筋は、脊柱を支えその運動を行う強大な筋であり、腰部では特に発達して棘突起の両側に縦の筋隆起を形作っている。
 本症が急性発症した場合は、筋・筋膜の過伸展や部分断裂を起こし、また、局所の炎症に基づく循環障害を起こしてギックリ腰の代表的疾患の一つとなる。慢性に発症した場合は、筋疲労による循環障害や、炎症後の組織の瘢痕化などにより疼痛を起こす。また、筋の収縮時には血液循環量は減少することから、このような状態で筋活動が持続すれば筋の疲労は急速に進み新陳代謝は低下して、筋に苦痛や筋攣縮などが現れるようになるとも言われている。
 本症は青壮年期の筋肉労働者に好発し、疼痛域と著明な圧痛及び筋硬結に特徴がある。疼痛域としては、主に脊柱起立筋外縁部に発言し、時に臀部や棘突起の外側部にも現れる。好発部位である脊柱起立筋外縁部は、椎間関節性腰痛の疼痛域(下位腰椎部)に比べ、より高位で脊柱から離れた部位である。
 疼痛部位に一致して、著明な圧痛と筋硬結が検出される。急性発症の場合は特に著明で、軽度の圧迫で容易に強い圧痛と筋硬結を見いだすことが出来る。発症の起点は重量物の挙上や身体の捻転、長時間の前屈位姿勢などが誘引となり、急性もしくは徐々に発症する。急性のものでは、健側突の側弯が見られることもあり、前屈時に疼痛が増強するが、後屈はさほど制限されることはない。


(D) 変形性脊椎症


 本症は脊椎全体の老化による加齢変化を基盤とし、X線的な椎体辺縁の骨軟骨の増殖性変化に由来する診断名である。椎体骨棘とともに、屡々椎間関節の関節調整変化も見いだされる。しかし、このX線的変化の愁訴度は必ずしも一致するものではなく、疼痛原因は複雑で、はっきりとした診断基準はないとも言われている。本症の疼痛起序は、(1)椎間板性疼痛、(2)椎間関節性疼痛、(3)肥厚した椎弓、椎間関節、骨棘の刺激による神経症状、(4)傍脊柱筋の疲労によるものなどがあげられているが、骨棘形成やそれに伴う炎症性変化による循環障害による要素も多分に考えられている。また、臨床症状から見た以下のような発痛分析の要因も成されている。
 (1) 椎間関節性由来の腰痛
 (2) 筋・筋膜性及び姿勢性の腰痛
 (3) 根性坐骨神経痛を定し、椎間板ヘルニヤとの鑑別が困難な場合
 (4) 馬尾神経症状を定し、脊柱管狭窄を来す場合
 (5) 椎間板性腰痛及び交感神経系由来の腰痛

 本症は、中高年以上に慢性に発症し、50才にピークがある。男性に好発し、肉体労働者に多い傾向が見られる。症状は腰痛を主とし、殿部痛や大腿全面の痛みを訴え、時に下肢症状を現すことがある。痛みは体動により増強し、安静により軽快するが、屡々朝の起床時や動作開始時に痛みが強く、少し動いていると軽快する。
 他覚的所見としては、脊柱の弯曲異常(主に腰椎前弯現症)、運動制限、腰部筋の緊張、圧痛、硬結を認める。


(E) 姿勢性腰痛


 本症は日常生活状の不良姿勢が原因と考えられる腰痛である。この場合の不良姿勢とは、主に腰椎の前弯が増強した姿勢を指している。腰部の前弯が増強する、腰部の筋に大きな負担がかかり、筋疲労による腰痛を起こすものである。また、前弯の増強により、椎椎体後方の椎間関節接近、かみ合わせが起こり、椎間関節性の腰痛も起こるとされている。日常で体幹を後ろに反らす姿勢(前弯増強)を取ることは、腰痛の原因となる。身体の重心線を後ろに移動させるために身体を反らし、その為腰背筋に無理がかかって腰痛を起こす。
 本症は慢性のみ発症し、腰部の怠いだるい感じ、張る感じなどの鈍痛を訴える。前弯増強の他には特に他覚的所見を認めることはなく、軽度の脊柱の運動痛が見られる程度である。


(F) 腰椎分利・辷り症


 本症は腰椎分離症、腰椎分利辷り症、仮性(無分離)・辷り症
に区別される。

(1) 腰椎分離症

 腰椎の関節突起間部で分離、即ち骨性連絡の絶たれた状態であり、主にスポーツ学童期における疲労骨折が原因と考えられている。大半は第5腰椎に発症する。本症の時点では、階段状変型は観察されない。

(2) 腰椎分離辷り症

 分離症が進展し、分離した椎体が下位椎体上を前方に辷るものである。第5腰椎に好発し、腰椎4、腰椎5棘突起間に階段状変型が見られる。分離症の10〜30%辷り症へ移行すると言われている。

(3) 仮性(無分離)・辷り症

 椎間板や椎間関節の変成により、下位腰椎にかかる前下方へ辷る力(腰椎前弯のため)抗しきれず、椎骨全体が後方へ辷るものである。分離のない辷り症であり、中年以上の女性に見られる。第4腰椎に好発し、腰椎4、腰椎5棘突起間に階段状変形を見ることもある。
 本症における愁訴の発生は、(1)腰椎の不安定性、(2)椎間板の変化、(3)神経根の圧迫刺激、(4)椎間関節の病変、(5)腰椎前弯増強による静力学的なものなどが原因としてあげられている。
 本症は、重苦しい、だるい感じといった漠然とした痛みを腰殿部に訴え、時に下肢にも症状が現れる。痛みは激しい運動や労作のみ出現、増悪することが多く、安静や活動制限により軽快するものが多い。腰椎の前弯増強例が多く、また、後屈により鈍痛または鋭い痛みを訴えるものが屡々見られる。他覚的所見としては、階段状変形、腰椎前弯の増強、傍脊柱筋の緊張、時に罹患椎の圧痛を見ることがあり、脊柱の運動制限は著明ではない。


(G) 骨粗鬆症


 本症は文字通り骨に荒くすが入ったようになる疾患であり、加齢により骨代謝が低下して骨の蛋白質やカルシューム量が減少し、その結果、骨量が減少するものである。正常な高齢者の生理的な骨減少とは年に2%ぐらいといわれているが、骨粗鬆症の患者では、骨量は年に4〜5%減少されると言われている。本症では骨の脆弱化が進むと容易に脊椎椎体のの圧迫骨折を起こし、また、弱体化した脊柱を支えるために背筋が異常に緊張して、排用物が生じるようになる。
 本症では、閉経期後の女性に発症する閉経期後骨粗鬆症と、老人性骨粗鬆症(男性では80才以上)が区別される。
 本症の愁訴を、急性症状と慢性症状とを分けることが出来る。

(1) 急性症状

 脆弱化した脊椎椎体が圧迫骨折を起こすものであり、胸腰椎移行部が好発部位である。老人のギックリ腰として発症することが多く、悪路で車がバウンドした時など、軽微な衝撃で容易に骨折を起こす。罹患椎に圧痛や叩打痛が認められ、多発すると円背や短縮が見られるようになる。

(2) 慢性症状

 初期症状の圧迫骨折以後の症状がある。初期症状は、脆弱化した脊柱を支えるため筋疲労によるものである。圧迫骨折以後の症状は、脊柱の変形や弯曲異常に関連する、筋・筋膜性、靱帯性、或いは椎間関節性の疼痛を起こすものである。背腰部の重感、易疲労性、腰背痛を訴えるようになる。
 多角的な所見としては、身長の短縮、円背、亀背などを認め、胸椎の後弯と腰椎前弯の増強した凹円背が 見られる。